タケナワヒストリー

タケナワレザータケナワのこれまでの道のりを砕いて書き綴ってます。(随時更新中)





























































�@愛媛生まれ愛媛育ち、なんとなく生きてきて某小売店に初就職しました。
辞令で高知県勤務でした。休みの日はギャンブルしたり、マージャンしたり・・
まぁ、ロクなことはしてませんでした。あとよく呑んでました。



休日に愛媛に帰って友達に会ったり呑んだりしているうちにあることを聞きまし
た。
後輩がハーレーダヴィッドソンの正規代理店に就職したらしい、と。
学生の頃からバイクは乗っていたので興味はありました。
興味というか、ハーレーダヴィッドソンは夢のバイクだったんです。
買うにはお金もないし、まだ乗る資格なんてない、と思ってはいたものの、
見に行くだけならタダやし、ってことでお店に行きました。



計画性の無さは天下一品のタケナワはその日の内にハーレーをローンで購
入。。
確かまだ免許も取ってなかったと思います。完全にアホです。
それからは急いで免許を取って、夢のハーレーライフを始めました。



続き



�Aハーレーの排気の鼓動、スピード感は自分の中に眠っていた何かを目覚め
させました。何かは知りませんが。
もともとタケナワはバイク好き。休みの度にツーリングをしたりして
ハーレーライフを満喫していました。
しばらく経った頃、ハーレーに付けるカバンが欲しいと思うようになりました。



そうです、革のバッグです。やっと革出てきました。
バイク乗りの方はご存じだと思いますが、バイクのバッグはやたら高いので
す。
しかも革となれば、は?ってくらい高いのです。
薄給のタケナワは安くてカッコイイカバンを狂ったように探しました。
が、そんな条件では見当たりません。


もういいや。諦め半分でYahooオークションをウロウロ。
運命の神様は小出しで幸せをくれる。
あ、コレいーやん。よさげな商品を発見。
もちろん深く考えずに即落札。
この時押したマウスのワンクリックで人生が変わることになります。



続き



�Bその時落札したのはまさに革のバッグ!
お値段も割かし財布に優しい。
しかしながら、条件がありました。手縫いのキットだったんです。


手先の器用さには自信があったので、「楽勝やろー」と思ってました。
そんな風に思っていた時期もありました。


しばらくして自宅にキット一式が届きました。やたら重かったのを覚えていま
す。
まぁ、ちゃちゃっと作ってバイクに付けてハーレーライフウマー★の予定でし
た。
しかしそんなに甘くなく、キットを買うんじゃなかったとさえ思うほどでした。


革の性質を何にもわかってない→扱えない→コツを掴めない→イライラ。
初めて使う道具ばかり→怪我する→革が汚れる→イライラ。
しかも気がつくといつもチュンピヨ(チュンチュンピヨピヨ朝が来る、の略)。
しばらく革と向き合って、作ってみて正直嫌になりました。


しかしながら、タケナワは無計画だけじゃなく、諦めの悪さも天下一品でした。
次回タケナワの逆襲(?)が始まる!!



続き



�C若干投げ出し気味、よく言えば革と距離を置きました。
仕事から帰ってきても未完のカバンを見て見ぬフリ。
部屋の隅っこで革のカバンがゴロン。


(ココまで読んでいるとタケナワは本当に革好きなの?とか作るの好きなの?
って思ってしまうかもしれません。モチロン好きですよ。何言ってんですか。)


革と距離を置いてしばらくした頃、不思議な夢を見ました。
タケナワは夢の中で職人として工房にて仕事をしているのです。
何の職人かハッキリとはわからなかったのですが、明らかに何かの職人に
なっていて、楽しそうに何かを作っていました。


それは革カバンからのメッセージなのか、何なのかはわかりませんでしたが、
「作らな」と再度カバンを手に取ることができました。
それからは革とタケナワの距離は徐々に縮まり、ごく自然に作り続けることが
できました。(逆襲とか別にありませんでしたね。スイマセン)


とは言いつつも、浮き沈みはありました。
それでも諦めることなく作り続け、ようやくようやく革カバンが完成しました。


生まれて初めて完成させた革カバン、それは今までにない衝撃でした。ドー
ン。
鼻息荒くなるほど興奮し、一人の部屋で「わー!」と歓声を上げました。(小声
で)
これ程のものが作れるんだ、こんなにうれしいんだ、どんだけだよレザクラ!
興奮が冷めやらぬ内に舐めまわすように撫で、デジカメで撮影。


画像は今残っていませんが、鮮明に覚えています。
こうしてタケナワは趣味としてレザークラフトを始めたのです。
次回 誕生!タケナワレザー→


続き


�Dカバンがようやく完成し、ふと思いました。
これって自分でもデザインして色々作れるんじゃね?と。
早速オークションで安い革を購入し、勢いで小さなバッグを作りました。
ですが、全く使い物になりません。
市販のものを真似て作ってみても、形がイビツで、使うのもためらう程でした。
気がつけば部屋中が残念な革の作品でいっぱいになりました。
(左は一部の画像。知り合いにあげました。)


本を読んだり、誰かから学ぶことを一切しなかったタケナワには
妙な意地がありました。
それは形・作り方・技法を読んで作るのは誰にでもできる、と思っていたからで
す。ただの素人なのに生意気なヤロウでした。基礎からやれよタケナワ。


見よう見まねで理想の形を革で表現することに時間を費やしました。


丁度その時期に、某SNS(ミク○ィ)のハーレーコミュニティーからツーリングの
お誘いがありました。
当時は高知の住まいで、ツーリング場所は三重・愛知。
「愛知ってどこやっけ?遠いやろーけどなんとかなるやろー。」
無計画ってほんとに恐ろしいですね。
モチロン愛知なんて行ったことナシ、しかもボッチでした。
いやぁ、遠かったなぁ。後悔はしてません。


続き


�E愛知を目指してバイクを走らせど全然着きません。
地図を見ても全然道がわかりません。
自分がどこを走っているかもわかりませんでした。。


ただひとつ、タケナワは方向音痴ではないという根拠のない自信のみ
で
道を進んで行きました。


だいぶ割愛しますが、ようやく到着。朝に出発してもう深夜です。
宿を取っているはずもなく、漫画喫茶で一晩を過ごしたのですが、
今でも忘れません。向かいの席のイビキのせいでロクに寝れなかった
ことを。


翌日明らか寝不足のままコミュニティーの方と合流。
ハートの暖かい方ばかりで初対面にもかかわらず、仲良くしてもらい
ました。
高知県から来たというだけでチヤホヤされ、まんざらでもなかったタケ
ナワでした。


もちろんレザークラフトのこともバッチリアピールしました。そして

集団でのツーリング、ミーティング、温泉、と夢のような時間を過ごし
帰路へと着きました。コミュニティーの方には
帰り道の案内をしていただいたり、お世話になりました。
で、無事高知に帰りました。


ツーリングを通して知らない土地でたくさんの方々と知り合い、
それをきっかけにレザークラフトのオーダーをいただくようになりました。
全然無名で腕もないタケナワはがんばりました。作りました。


人の為に作る。その喜びを知りました。
この時にタケナワレザーは誕生したのです。


それからのことはまた後日。。

続く(超不定期更新予定・・)







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